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日本弱視者ネットワーク
Network of Persons with Low vision

(旧称:弱視者問題研究会・弱問研)

2006年3月29日 文部科学大臣 小坂憲次殿 弱視者問題研究会 代表  並木 正

拡大教科書の安定的な供給体制の確立に関する要望書

弱視児童・生徒の学習環境の充実につきまして、日頃よりご理解とご尽力を賜り感謝申し上げます。拡大教科書につきましては、著作権法改正や無償給与制度の創設にご努力いただいたことに深く敬意を表します。

また、盲学校においても、小・中学部の主要教科は1種類の拡大教科書がありますが、その他の実技教科や高等部段階では、拡大教科書はありません。通常の高等学校にも拡大教科書を必要とする多数の弱視生徒が在籍しています。更に養護学校の中にも視覚に障害のある児童・生徒が存在し、その子どもたちにとっても拡大教科書が有効な学習媒体であるということも分かってきました。知的に障害のある子どもたちやLD等の子どもにとっても大きな文字の教材は興味・関心を引きやすいということも言われており、そのニーズもますます増えてきております。教科書以外の読書環境整備という観点でも、副教材や課題図書、参考書や問題集などの課題が残されています。

現在、文部科学省は特別支援教育を推進するために、学校教育法の改正案を国会に提出されていると伺いました。その理念は、どの学校に通おうとも一人一人の教育的ニーズを把握し、そのニーズに適切に応えていくということであり、乳幼児期から学校卒業まで一貫した教育支援体制を整えるということだと伺っております。この理念に基づけば、全国で数千名に及ぶ拡大教科書を必要とする子どもたちに確実に拡大教科書を供給することは、必要不可欠な制度と考えます。また、憲法や教育基本法で定められている教育を受ける権利は弱視の子どもたちにも平等に保障されるべきという観点からも、拡大教科書が安定的かつ継続的に供給されるような体制の確立を要望致します。

具体的な方法につきまして、3月16日の参議院文教科学委員会において鈴木寛参議院議員より2つの提案がなされております。それに対する文部科学省の答弁につきまして、弱視当事者の意見を述べさせていただきます。

(1)教科書のデジタルデータ提供について

「現在でもこのデジタルデータについては、教科書協会において一定のルールの下にこれを提供するということで取り組んでいる」ということですが、これは十分ではありません。教科書会社の中には教師用指導書に添付するなどの形で教科書本文のテキストデータを提供しているところがあります。しかし、それはすべての教科書ではありませんし、発売時期は新年度を迎える頃となりますので、拡大教科書の製作作業には間に合いません。特に今年度のように教科書が改定される年に最も必要であるにも関わらず、新学期が始まる4月にデータが提供されても意味がありません。

また、拡大教科書は、言うまでもなく、本文だけでなく全ての文字データや挿絵、写真、図表などを含め、原本の検定教科書と同じ情報を掲載する必要があります。現在、教科書協会より提供されているデジタルデータは教師がテスト等を作成する時に便利に使えることを主目的として販売されているものを二次的に利用していますので、本文のテキストデータに限られます。よって、本文以外の欠落している文字情報を補わなければなりませんし、挿絵や写真、図表等は切り張りしなければなりません。

既に出版されている盲学校採択の主要教科書でさえ、デジタルデータが利用できないが故にいくつかの問題が生じています。写真や図表などはスキャナーで読み取るため鮮明度が失われておりますし、入力からやり直しているため校正に労力を費やし、肝心の編集作業に十分な時間が取れておりません。また、供給本の早期入手ルートがないため、見本本で作業を進めざるを得ず、正規に供給される検定教科書と情報が異なるという事態にも陥っています。

拡大教科書の供給を増やすためのデータ提供というのは、全ての教科書において、また供給本の検定教科書に載っている全ての情報のデータのことであり、提供時期は4月完成に間に合うように前年度の可能な限り早い時期であるべきと考えています。現在のデータ提供では不十分であり、製作の効率化にはつながっておりません。編集作業に盲学校教員等の専門家が関与することは必要ですが、完全な教科書データがあれば、別の出版社でもボランティアでも拡大教科書を製作することができます。構成上の誤植もなくなり、写真や図表も鮮明なまま拡大できることになりますので、既に拡大教科書を発行している出版社にとってもメリットがあります。欧米諸国でも教科書データの提供は既に義務化されていますし、米国ではそのファイルフォーマットの統一化ということも検討されているようです。

(2)教科書出版社による拡大教科書発行について

「今はこういった子ども一人一人の見え方に対応した拡大教科書をボランティアの方の御協力を得ながら作成をしているわけでございますけれども、実はその方が弱視の子どもに対してより適切な教科書を供給することが可能であるというふうに思われます」と答弁されていますが、全国で約2400名の弱視児のために2400種類の教科書を作らなければならないかというと、そうではありません。それは理想論であり、現実には不可能です。実際はある程度のグルーピングもできますし、たとえ1種類の拡大教科書でも多くの弱視児にとって救いになることも事実です。その証拠に文部科学省は、2003年度から盲学校採択の理科と社会の拡大教科書の製作を国立特殊教育総合研究所に依頼していますが、その1種類の拡大教科書でも盲学校に通う多くの弱視の子どもたちが利用しています。もちろん一人一人のニーズに応じる拡大教科書を作成するのがベストですが、それがすぐにはできないからといって何もしないことが正当化されるわけではありません。少しでもベターな方法を模索するのが一人一人のニーズに応じるための改善なのではないでしょうか。今日の日本の科学技術を駆使すれば、将来的には一人一人のニーズに合わせた編集も可能となるでしょうし、現在でもオンデマンド印刷という技術に結びつければ、出版社レベルでも数種類の教科書を印刷製本することは可能です。

「教科書会社はあくまでも民間の企業でございますので、新たにデジタルデータの提出を義務付けるということは一つの規制になりますので直ちには難しいと思います」と答弁されていますが、それでは憲法や教育基本法に定められている教育の機会均等や教育を受ける権利はどう保障されるのでしょうか。現在でも既にボランティアは3割から4割の依頼を断っており、まだまだ潜在しているニーズが多くあるという問題を文部科学省はどう解決されるのでしょうか。ただ単に提案に対し否定的に答弁するだけでなく、対案を持って回答し、解決に向けてのビジョンを示していただきたいと思います。仮に教科書会社が22ポイント版の拡大教科書を出版すれば、約7割の弱視児童・生徒のニーズに応えられます。その他のニーズについては現状のボランティアでも需要と供給のバランスが取れると思われます。教科書会社が30ポイント程度の拡大教科書も併せて出版してくれれば、ほぼ弱視児全員のニーズをカバーすることができます。その場合、ボランティアは、副教材やドリル、参考書や問題集等の拡大文字化に取り掛かることが可能となります。交通機関において駅などにエレベーターやエスカレーターの設置が義務付けられているのと同じように教育分野では、教科書のバリアフリー化が求められているのです。

遠山元文部科学大臣は2003年5月22日、参議院文教科学委員会において「この問題は、昨年の委員会、衆参におきまして御議論いただきまして、私も大変大事な問題だと考えております。そして、今回の著作権法の法改正は、この問題に取り組んでいる方々にとって一つの大きな福音であることは確かでございます。しかし、それを更に学校教育の現場において、現に弱視である子供たちが例外なく拡大教科書が使えるようにしていくというのは、私は行政の責任だと思っております。その角度から、子供たちにとって最もいい方法でこの問題を解決をしていく必要があると私は思っております。」また、同年6月11日、衆議院文部科学委員会において「いろいろな、どこでつくるかとか、どんなふうにつくるかとか、研究が必要な面もございますけれども、できるだけ早い機会に、できれば来年の四月から子供たちが親御さんの負担を経ないで適切な拡大教科書が使えるように、来年の春から弱視の子供たちの笑顔が見られるように、何とかしたいと思っております。」と答弁されております。

河村元文部科学大臣も2004年3月17日、衆議院文部科学委員会において「現時点については、ボランティア団体の御理解と御協力をお願いいたしておるところでございまして、当面そういう形で、今回、この制度、対応したわけでございます。しかし、本来的には、委員のおっしゃるとおり、学校において責任を持ってやる部分というのはたくさんあると思うんですね。そういう視点に立って、これにはきちっと対応できるように、今後どういう形でやっていくか検討しながら対応してまいりたい、こういうふうに思います。」同年5月28日、同委員会において「これからも、やはり特に義務教育段階においては、憲法の精神にのっとりながら、児童生徒すべてに、国が最終的な責任を持って、そして適切な教育を受けられるように、教育環境の整備、きちっと努めてやりたい、このように考えております。」と答弁されております。

中山前文部科学大臣も2006年12月1日、衆議院文部科学委員会において「障害のある児童生徒については、障害の状態に応じましてその可能性を最大限に伸ばす、そして自立して社会参加するために必要な力を培うというために一人一人の状態に応じた適切な教育を行う必要がある、これが重要であると考えております。また、教育の機会均等を保障するため、障害のあるなしにかかわらず、義務教育を受けている児童生徒すべてに対して国は最終的な責任を持っているものとも考えておるところでございます。今後とも、すべての児童生徒一人一人が十分に適切な教育を受けられるよう、教育環境の整備に努めてまいりたいと考えておるところでございます。」と答弁されています。

この度の学校教育法改正の前提となっている調査研究協力者会議がまとめた「今後の特別支援教育の在り方」には、「障害のある子どもの教育の新たなシステムづくりや制度の再構築を目指すという点で、新しく、大きなチャレンジであり、このためには行政や学校はもちろん、家庭や地域社会においても意識改革が必要である。チャレンジがなければ成果もないことを肝に銘じて、教育に関わる者全員が協力して障害のある子どもに対する新しい教育の姿を切り拓いていくことを強く期待する。」と書かれています。

子どもの読書活動の推進に関する法律の第2条に「すべての子どもがあらゆる機会とあらゆる場所において自主的に読書活動を行うことができるよう、積極的にそのための環境の整備が推進されなければならない。」また、第3条に「国は、子どもの読書活動の推進に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。」とあります。

文字・活字文化振興法には「文字・活字文化の振興に関する施策の推進は、すべての国民が、その自主性を尊重されつつ、生涯にわたり、地域、学校、家庭その他の様々な場において、居住する地域、身体的な条件、その他の要因にかかわらず、等しく豊かな文字・活字文化の恵沢を享受できる環境を整備することを旨として、行われなければならない。」とあります。

教育基本法には「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。」とあります。

日本国憲法には「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」とあります。

教科書という最低限の学習環境に関する緊急の課題です。弱視児を含め、全ての子どもが困難なく学習に取り組めるようにしていただきたいと要望している次第です。私たちがこの拡大教科書問題の解決を要望してから6年、国会に提起されてから既に4年が経過しようとしています。1日も早い問題解決に向け、ご検討の程よろしくお願い申し上げます。

弱視者問題研究会 代表  並木 正 <<住所等省略>>