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日本弱視者ネットワーク
Network of Persons with Low vision

(旧称:弱視者問題研究会・弱問研)

気付かれなかったヒヤリハット 視覚障害者のホーム転落事故をなくすために

1.繰り返される悲劇

国土交通省は、昨年7月にJR総武線「阿佐ヶ谷」駅で起きた視覚障害者のホーム転落死亡事故の後、安全対策検討会を開催し、今年7月に中間報告を公表しました。しかし、同じような過程は過去にも2度ありました。2011年に目白駅でホーム転落死亡事故がありましたが、その時も国交省は検討会を設置し、「中間とりまとめ」を公表しています。また、2016年8月の東京メトロ銀座線「青山一丁目」駅での事故後も検討会を経て中間取りまとめを公表しています。

ただ、今回の検討会で注目すべきは、転落に至った背景や原因を分析するために、国交省が初めて視覚障害者へのアンケートとヒアリングを実施したということです。言うまでもありませんが、事故を減らすためには、その原因を調査し、要因を分析し、対策を講じることが重要です。

アンケート回答者303人のうち、転落経験者は109人でした。更にその109人に、直近の経験としてどの方向に歩いていたかを尋ね、74人から回答を得ています。結果は、ホーム上を線路と平行(長軸方向)に歩行している時が47件(63.5%)、垂直(短軸方向)が27件(36.5%)ということでした。

2.想定されていなかったホーム上の移動

ここでは、63.5%を占める長軸方向に歩いている時の事故についてもう少し掘り下げてみます。

国交省は転落したときの状況を詳細に確認するために、34人(57件)からヒアリング調査を行いました。57件のうち、長軸方向移動時の35件の転落は次の3ケースに分類されています。

【ケースⅰ(18件)】

ホーム中央付近を長軸方向に歩行中、本人がホーム端に接近していることに気付かずに転落するケースである。以下の①、②の順を経て転落に至った。

①やむを得ず線状ブロックのない場所を歩行すること

注:人や支障物を繰り返し避けること等により、自分のいる位置や向いている方向が分からなくなる(定位の喪失)

②床面を確認しづらい白杖の使い方等により、点状ブロックを気付かずに通過し、ホーム端にも気付かず転落

注:線状ブロックは階段等から最寄りの列車のドアへ誘導するために整備されている。

【ケースⅱ(15件)】

点状ブロック沿いを長軸方向に歩行中、点状ブロックをそれていることに気付かずに転落するケースである。

ホーム中央付近の混雑を避けるため等の理由で点状ブロック沿いを歩行中、点状ブロック付近の柱や列車待ちの人を避けること等により、ブロックからそれて転落した。

【ケースⅲ(2件)】

点状ブロック沿いを長軸方向に歩行中、他人との接触などにより転落するケースである。

ホーム中央付近の混雑を避けるため等の理由で点状ブロック沿いを歩行中、他人と接触して、または接触を反射的に避けようとして転落した。

ここで「なぜホーム中央付近を歩いている時にホーム端に接近するのか」「なぜわざわざホーム端の点状警告ブロック沿いを歩行するのか」という疑問を持たれるかも知れません。それは、ちょっと意外に思われるかも知れませんが、ガイドラインでは視覚障害者がホーム長軸方向に移動することは想定されていないということです。ケースⅰの注に、「線状ブロックは階段等から最寄りの列車のドアへ誘導するために整備されている。」と書かれています。これは、ガイドラインの「可能な限り最短経路により敷設する」という規定に基づいています。つまり線状誘導ブロックは、最も近い車両のドアに誘導するために、階段から数メートルで直角に曲がり、警告ブロックに接続してるだけで、それ以上ホーム長軸方向に移動することは考えられていないということです。

ケースⅰは、視覚障害者が最寄りの乗車ドアではなく、降車駅の階段近くのドアを目指し、線状誘導ブロックがないエリアを歩き、少し方向定位がずれ、斜めに歩いてしまったということです。これについては子どもの時に、スイカ割を経験された方は、何となく想像できるのではないでしょうか。またはコースロープのないプールで目をつむって泳げば、大抵の人はコースからずれていくことからもお分かりになっていただけると思います。

ケースⅱとケースⅲについては、ホーム中央に道しるべがありませんので、視覚障害者はやむを得ず、ホーム端の点状警告ブロックを頼りに歩いているということです。中間報告内には、「ホーム中央付近の混雑を避けるため等の理由で」と書かれていますが、実際はホームが混雑していなくても、視覚障害者がホーム端を歩くことはよくあります。

このようにホーム端の点状警告ブロック沿いを歩いている状態が、ヒヤリハットになっていると考えられます。ヒヤリハットの法則とは、1:29:300という比のことですが、1つの大きな事故の裏には、29の軽微な事故がおきており、その背景には300のヒヤリハットが存在しているということです。この10年を振り返っても、重大事故に当たる死亡事故は21件、死亡には至らなかったものの転落事故は747件起きています。おそらく300に相当する転落しそうになったヒヤリハットはかなりの数に上ると推測されます。重大事故を起こさないためには、軽微な事故をなくす、そのためには、ヒヤリハットを減らすことから始める必要があるということです。

3.ヒヤリハットを減らしていくには?

それでは、どうしたらこのヒヤリハットを減らすことができるのでしょうか。一つのアイデアとして、ホーム中央に視覚障害者が道しるべとできる線状誘導ブロックを敷設することが考えられます。ホームドアのない駅ホームは、よく「欄干のない橋」と例えられます。ちょっと想像してみてください。実際に欄干のない橋を渡る時、スリルを楽しむ人は別にして、端に近いところを歩く人はいるでしょうか。一休さんのとんちではありませんが、「この橋渡るべからず」ではなく、「この端渡るべからず」ということです。ホーム中央に線状誘導ブロックがあれば、ブロックに沿って歩くことができますので、ケースⅰのように方向定位を失い、斜めに歩いてしまうこともなくなるでしょう。また、ケースⅱとケースⅲのように、ホーム端の点状警告ブロック沿いを歩く必要がなくなりますので、もっとも安全な中央を歩けるようになるということです。これと同じことが道路上の横断歩道にも当てはまります。ちなみに横断歩道には、視覚障害者が中央をまっすぐ歩けるように、横断歩道のど真ん中に「エスコードゾーン」という触覚マーカーが敷設されているところがあります。

この案についても安全対策検討会で議論があり、報告書では「長軸方向の適切な歩行動線を案内等する方法として、次のように記述されています。

「ケースⅰ、ⅱのようにホーム長軸方向の歩行時に、ホーム端に接近していることに気付かないような状況やホーム端の点状ブロック沿いを歩いていて線路側にそれる状況を避けるためには、長軸方向の安全な歩行経路を示す方策が求められている。検討会では、ホーム中央に歩行動線の道しるべとなるマーカー(例えば、線状ブロック)を設置する案や、内方線付き点状ブロックの内側の領域を活用する案などが示されたほか、その他にも様々な方策を検討すべきとの意見が出された。考えられる方策については、それぞれにメリット・デメリットがあることから、引き続き、安全性、有効性、実現性を検証するため、視覚障害者が参加する実証実験の実施も含めた検討が必要である。」

ここで、文中にある「デメリット」とは何なのか、少し考えてみます。例えば、ホームには売店や待合室があり、連続した直線で線状誘導ブロックが敷設できないということが挙げられています。しかし、売店等は白杖でも縁端部を認識できますので、「コ」の字のように迂回すればホーム端に近づくことなく、ホーム上を移動することができます。

「コ」の字のように迂回すれば、方向が分からなくなってしまうのではないかという心配もありました。しかし、そもそも視覚障害者の家から駅までの動線が一直線ということはありません。「コ」の字のような道路もあれば、もっと複雑なルートもあります。路上駐車している車を「コ」の字のように迂回することもあります。駅の構内を見ても、改札からホームにたどり着くまでに「コ」の字以上に複雑なルートはいくらでもあります。視覚障害者は、これらのルートの地図(メンタルマップ)を頭の中に描き、白杖で点字ブロック等を確認しながら歩いているということです。

成蹊大学の大倉元宏名誉教授の調査によると、「コ」の字のところで方向が分からなくなるというよりは、むしろ売店等を越えたところで方向定位を失いやすいという調査結果が出ているそうです。

それから視覚障害者も売店や待合室を利用することもありますが、今の敷設方法だと売店等を利用したくても利用できません。また、売店等が認識できれば、自分が立っている位置を確認するためのランドマークとして利用できるという側面もあります。

その他に、コストを心配する声もあります。しかし、どんな安全対策も一定のコストを避けることはできません。ホームドアは何億円もかかると言われています。駅係員を増員すればそれなりに人件費が膨らみます。

ここで点字ブロックの歴史を振り返りながらコストについて考えてみます。1960年代には、全国の駅のホームに点状警告ブロックは、ほとんどありませんでした。1973年8月、大阪環状線福島駅で、視覚障害者である大原さんが、ホームから転落し、進入してきた電車に両足を轢断されるという事故が起こりました。これが訴訟に発展し、点状警告ブロックが急速に普及していったのですが、その最高裁判決には次のような一節があります。

「(前略)
昭和四六年三月当時、点字ブロックは五六の、点字タイルは四一の各都市で既に採用されていたが、その後昭和四八年ころから急速に普及した。上告人は、本件事故の昭和四八年八月当時、大阪及び天王寺各鉄道管理局管内では、近くに盲学校のある阪和線我孫子町駅と紀伊駅、紀勢本線の和歌山駅の各ホームに点字ブロック等を敷設しただけで、その他の駅のホームにはこれを敷設していなかった。点字ブロック等を敷設するためには、巨額の費用を要するものではなく、本件事故が発生した昭和四八年当時、三〇センチメートル四方の点字ブロック一枚の価格は工事費を含めて四八〇円位、同様の大きさの点字タイルのそれは六〇〇円位であったし、特に点字タイルは接着剤でホームに貼付すれば足りるから工事も簡単であり、一、二番線合わせて三六〇メートルの福島駅ホームに敷設するには一日もあれば足りる。
(後略)」

このように考えてくると、視覚障害者がホームの端を歩くというヒヤリハットを減らせるメリットに対し、これらが本当にデメリットと言えるのか、疑問になってきます。机上の空論ではなく、報告書内にもあるように速やかに視覚障害者が参加する実証実験を実施し、有効性が確認できれば、できるだけ早く視覚障害者の歩行動線を確保していただきたいと思います。

4.その他の安全対策

今回の検討会では、転落防止対策として、AIカメラやスマホアプリを活用して駅係員等による円滑な介助を行う方法やホーム端に接近している視覚障害者を検知して注意喚起する方法などの新技術も検討されました。

もちろん安全対策は、二重三重と重層化された方が効果が高まりますので、どれも進めていただきたい施策といえます。ただ、駅係員による円滑な介助といっても既に全国の約48%の駅は無人駅になっていますし、コロナの影響により、鉄道会社の経営が更に厳しくなっているとも聞きます。

また、ホーム端に接近している視覚障害者を検知して注意喚起する方法を導入するにしても、まずは常態化しているホーム端の警告ブロック沿いを歩く慣習を改めなければ、頻繁に警告音が鳴り、警告の意味をなさなくなってしまいます。仮にホーム中央に歩行動線があれば、めったにホーム端に近づくことがなくなりますので、この技術が真に活きてくるといえます。中間報告にもありますが、これこそ、メリットに注目し、それらを組み合わせる視点といえます。

5.それぞれの立場で何ができるか

最後にホーム転落問題を「自助・公助・共助」という視点で考えてみます。

自助については、視覚障害者自身も自らの安全を守るためにできることは実践していく必要がるということです。具体的には、ホーム上では、白杖の先端を地面につけたまま、杖先を肩幅程度にスライドさせながら歩くことです。また、駅の構造やホームの状況を正確に認識し、脳内にしっかりメンタルマップを描くことも必須です。困った時や初めて利用する駅では無理をせず、駅係員や周囲の人に援助依頼することも大切でしょう。

公助については、計画的にホームドアを増やしていくことが最善であるのは言うまでもありません。また前述の通り、特にホームドアのない駅で視覚障害者が一人でも安全にホーム上を移動できるための歩行動線を確保することが望まれます。駅係員による声かけや見守りの実行性を高めていくことも必要でしょう。

共助については、周囲の人による声かけや見守りが増えていってくれることが期待されます。

これらの方策が複合的に講じられれば、きっとこれ以上の悲劇は繰り返されないと思います。